こんにちは。司法書士の甲斐です。
とあるキッカケでこのようなサービスを行っている不動産会社がある事を知りました。

簡単に言えば、不動産の売主が認知症で司法書士が「登記できません」と言っても不動産を買い取りますよ。登記も買い取りした会社が行いますよ。と言う内容です。
これ、不動産を売却したい認知症の方のご家族にとっては非常に素晴らしいサービスですよね。
ウチの親が認知症になって施設に入れたいけどお金がない、認知症だから売れないと司法書士は頭が硬い事を言っている。そんな中で「買い取りますよ」と言う業者が現れる事は、認知症の方のご家族にとってはありがたいでしょう。
しかし、不動産の売主が認知症の場合に売買を行う場合、かなりのリスクがあるのです。
1.そもそも、売買契約が無効の可能性が高い
まず、不動産を売却すると言うことは、売買契約という「契約」を行うと言う意味です。
不動産を売却する場合、当然ながら不動産を売却すると言う意思表示を行い、その意味を理解している事が必要になってくるのですが、認知症の方の場合、この意思表示の理解ができない事があります。
どんなに家族が不動産を売却したがっていても、所有者である本人の意思能力がなければダメです(だから成年後見人等をつけましょう、と言う話になるのです)。
良くある例として、「不動産を売っても良いよ」と口で入っても、売却する意味(自分の物ではなくなる等)を理解していない事が多く、こう言ったケースでは司法書士は登記の依頼は受けないでしょう。
つまり、そもそも売買契約が無効である可能性が高いにも関わらず、認知症の方の家族から事実上何も文句が出てこないから、業者が買い取りを行っているだけなのです。
2.不動産の新たな買主から、売買契約の無効を主張される可能性がある
不動産の買取業者は買い取っておしまい、ではありません。業者は基本的に転売を行う事で利益を確保します。
つまり、業者だけではなく新たな買主が出現する可能性があるのですが、その買主から売買契約の無効等、何らかの法的主張が行われるリスクがあるのです。
不動産の取り引きと言うのはずっと続くものです。もし途中の売買契約が無効である場合、その後の取り引きも基本的に無効になります。
つまり、売買代金を支払って不動産を購入したにも関わらず、実は売主は不動産の権利者ではなかったので、買主である自分も不動産の権利者ではなかった、なんて事もあり得るのです。
これ、相手の立場で考えれば簡単に分かる事なのですが、不動産と言う高額な商品の取り引きについて、前の取り引きが無効の可能性がある商品、つまり法的に不安定な商品をあなたは買いたいと思いますか?
3.不動産の買取業者は司法書士法違反の可能性がある
今回のケースは買主である不動産買取業者が自分で登記申請を行うため、司法書士に断られても大丈夫!と言う謳い文句を行っていますが、これ、司法書士法違反の可能性があります。
確かに、不動産の買主が自分で登記申請を行う事は問題はないのですが、今回のように業者が「業」として継続的に登記申請を行う場合(例え無償であっても)、司法書士法違反に該当し、罰則を受ける事があります。
(業務)
第三条 司法書士は、この法律の定めるところにより、他人の依頼を受けて、次に掲げる事務を行うことを業とする。
一 登記又は供託に関する手続について代理すること。
二 法務局又は地方法務局に提出し、又は提供する書類又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。第四号において同じ。)を作成すること。ただし、同号に掲げる事務を除く。
(以下、省略)
(非司法書士等の取締り)
第七十三条 司法書士会に入会している司法書士又は司法書士法人でない者(協会を除く。)は、第三条第一項第一号から第五号までに規定する業務を行つてはならない。ただし、他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
(以下省略)
第七十八条 第七十三条第一項の規定に違反した者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
(以下省略)
このように司法書士違反である事は明確であり、「自分の会社は違法行為を行います!」と宣言しているようなものなのですが、そのような会社とあなたは取り引きをしたいですか?
4.まとめ
このような業者の視点で考えれば「リスクはビジネスチャンス」かもしれないのですが、今回はリスクしかなく、正直言って誰も幸せにならないビジネスモデルです。
「困っているあなたを助けます」と言い寄られると救世主的な非常にありがたい存在に見えるかもしれませんが、深く考えていくと様々な問題を抱えている事があります。
その問題(リスク)を十分に理解し、自己責任で取り引きを行うのであれば仕方ありませんが、少しでも違和感を感じたのであれば、きちんとした専門家にご相談する事をお勧めします。