こんにちは。司法書士の甲斐です。
不動産登記のご依頼を受けますと、明治時代等に設定された古い抵当権がそのまま残っている不動産の登記事項証明書を良く見かけます。
借金等の債権は完済したにも関わらず、抵当権設定登記を抹消するのを忘れてそのまま何十年も放置してしまったケースです。
(この抵当権を「休眠担保権」と呼びます)
抵当権抹消登記は、通常は抵当権者(債権者)から抵当権を抹消する為の書類を発行してもらい共同で抹消の手続きを行います。
ところが古い時代の抵当権であれば抵当権者が亡くなっている事も多く(抵当権者が個人の場合)、その相続人を探し出すのも大変な手間と時間がかかります。
この抵当権を抹消する為にはどうすれば良いか?とご相談を受けた時にきちんと勉強をしていない司法書士は、「裁判しか方法は無いですよね~」と回答してしまいます。
しかし実は、裁判を行わなくても条件さえ整えばこの昔の抵当権(休眠担保権)を所有者単独で抹消する事ができるのです。
今回はその昔の抵当権を裁判以外で抹消する方法をお話したいと思います。
目次
1.債権を完済した証明書が無い場合
いわゆる領収書や完済証明書等のような債権を全部支払いました、と言う証明書が無い場合です。
昔の抵当権であれば、ほとんどがこのケースなのではないでしょうか?
このケースであれば、以下の条件を満たした場合、裁判を行わずに所有者が単独で抵当権を抹消する事が出来ます(不動産登記法第70条3項後段)。
① 抵当権者(債権者)が行方不明である事
抵当権者(債権者)がどこにいるのかを不動産の所有者が知らない、と言うだけではダメです。
・登記されている抵当権者の住所地に、抵当権者の同姓同名の人物の住民票や戸籍が存在しないと言う書類「不在籍不在住証明書」を取得する。
・登記されている抵当権者の住所地に、抵当権者の同姓同名の人物の住民票や戸籍が存在しないと言う書類「不在籍不在住証明書」を取得する。
若しくは、
・郵便物を送付したけど「あて所にたずねあたりなし」で返送された封筒等、調査はしたが抵当権者の所在が分からなかったと言う証拠を添付する。
ここまで行う必要があります。
② 債権の支払期日から20年以上経過している事
債権の支払期日(弁済期)が登記されていれば、20年以上経過しているかは簡単に判断する事が出来ます。
問題は弁済期が登記されていない場合なのですが、この場合は債権成立の日を弁済期としたり、借用書や申述書を提出して管轄の法務局に弁済期を判断してもらうこととなります。
③ 登記された債権額、利息及び遅延損害金の全額を供託する
登記された債権額と、今日までの何十年にわたる利息や遅延損害金を用意して、法務局に「供託」を行います。
供託とは、本事例のように債権者が行方不明の場合に、法務局に金銭を預ける事によって法律上支払った事にする制度です。
なお、登記された金額、利息及び損害金の全額を供託すると言う事は、場合によっては何千万と言った金額が必要なのでは?と思われる方もいらっしゃるかも知れませんね。
でも、明治時代等の古い時代の債権額は10円とか100円とかですので、利息や損害金を含めても数百円、数千円程度です。(ちなみに、当時の貨幣価値は考慮しなくても大丈夫です)
以上、この3つの条件が揃えば、所有者が単独で昔の抵当権を抹消する事が出来ます。
④ 上記の場合で抵当権を抹消する場合の登記申請書例
抵当権者(債権者)を山田太郎、不動産の所有者を佐藤進とした場合の登記申請書例です。
登記申請書
登記の目的 抵当権抹消
原因 平成〇年〇月〇日 弁済
抹消すべき登記 平成〇年〇月〇日受付第〇〇〇〇号(注1)
権利者(注2) 横浜市西区〇〇一丁目2番3号
(申請人)佐藤 進 ㊞
TEL 045-〇〇〇ー〇〇〇〇義務者(注3) 東京都町田市〇〇四丁目5番6号
山田 太郎添付書類
登記原因証明情報(注4) 登記義務者の所在が知れない事を証する情報令和〇年〇月〇日申請 〇〇地方法務局
登録免許税 金〇円(注5)
不動産の表示 (省略)
注1・・・登記事項証明書に記載されている抵当権の受付番号を記載します。
注2・・・不動産の所有者の情報を記載します。なお、単独申請ですので「(申請人)」と記載します。
注3・・・抵当権者(債権者)の情報を記載します。登記事項証明書の情報をそのまま記載してOKです。
注4・・・登記原因証明情報は、債権の弁済期を証明する情報、上記の供託がされた事を証明する情報です。
注5・・・不動産一筆につき1,000円です。
2.債権を完済した証明書が有る場合
完済した証明書がある場合は、下記の条件がそろっていれば、所有者が単独で抵当権の抹消を行う事が出来ます(不動産登記法第70条3項前段)。
① 抵当権者が行方不明である事
これは上記1の債権を完済した証明書が無い場合と同様です。
② 債権証書(契約書等)及び弁済証書(領収書等)がある事
当時の契約書と領収書が残っている事が大前提です。
なお、昔の方は権利証関連の書類は大切に保管している事がまれにあり、権利証の封筒に抵当権の契約書や領収書を保管されていたりする事があります。
「不動産権利証」と書かれた封筒は、残さずチェックするようにしましょう。
3.手続にかかる時間(期間)はどれくらいか?
上記の手続きを行った場合、何事も問題が無ければ1ヶ月~3ヶ月で手続きが終わる事がほとんどです。
しかし、当初想定しなかったイレギュラーな出来事が発生した場合や、上記の手続きを行う事が出来ず裁判を行った場合、1年以上もかかる事があるでしょう。
その為、現状を正確に把握する為にも、早めに行動する事がポイントになります。
4.上記の特例が使えない場合
では、上記の特例が使えないケースの場合はどうすれば良いか?例えば、弁済期から20年を経過していなかったり、債権額が数百万、数千万で事実上供託ができない場合です。
このケースはやはり裁判を行うしかありません。
『借金を返済したから抵当権も消滅した。だから被告は抵当権抹消登記申請に協力すべし。』
と言う内容の裁判です(若しくは消滅時効が援用できるのであれば、それでも良いでしょう)。
しかし、裁判を行う為には相手に訴状を送付する必要があります。さらに、昔の抵当権ですので、抵当権者が行方不明のケースがあります。
この場合、どうすれば良いのでしょうか?
実はこの場合は基本的には「公示送達」という手続きを選択するのですが、やはり行方不明である事を証明する必要が有るため、上記の不在籍不在住証明書の取得や調査が必要となります。
裁判を始めるまでが大変なのですが、完済した証拠等があれば特別な事情が無ければ裁判に負ける事はないでしょう(きちんと訴状は作成する必要はありますが)。
その為、弁護士に依頼されなくても、ご自分でも十分に裁判を行う事ができますし、司法書士がその為の訴状を作成して、ご本人様の訴訟をバックアップする事も可能です。
明治時代や大正時代等の古い抵当権でお困り、お悩みの場合は、お気軽に当事務所にご相談下さい。