こんにちは。甲斐です。
相続が発生して不動産の登記事項証明書を取得してみると、身に覚えのない抵当権が設定されていた。
良く見ると昭和20年代の古い抵当権で、恐らく自分の父親か祖父がお金を借りた時の抵当権だと推測される。
しかし、抵当権者として登記されている人物に全く心当たりはなく、そもそも父や祖父が借金を全額支払ったのかも良く分からない。
この不動産は相続した後に売却を検討しているのだが、抵当権が設定されている限り売れないので何とかならないのか?
不動産の相続のご相談を行っていますと、このようなお話しが一定数出てきます。
父や祖父からは何も聞いていないし、抵当権者も知らない人だし、一体どうすれば良いのか?と言う問題です。
このように古い時代に設定された抵当権(これを「休眠担保権」と言います。)については、裁判手続きを行わないで抹消する事が出来る場合があります。
しかし、債権額が大きい理由等で上記の手続きが出来ない場合、裁判手続きで休眠担保権を抹消する事を検討すべきでしょう。
今回はその、「裁判で休眠担保権を抹消する方法」についてお話ししたいと思います。
(※今回のお話しは、抵当権者が個人である場合を前提としたお話しです。また、一般の方向けに分かりやすくする為、法律上の正確な表現とは少し異なる部分がありますのでご了承下さい。)
1.抵当権で担保されている債権の弁済期を調べる
裁判手続きで休眠担保権を抹消する場合、一番良く使われる方法が、
抵当権で担保されている債権(貸金等)は弁済期から10年を経過しているので、時効によって消滅している。
⇒だから消滅時効の援用を行う。
⇒債権が消滅したのだから、それに付随している抵当権も消滅した。だから抵当権設定登記の抹消を求める。
と言う方法です。
債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間、権利を行使することができる時から10年間で消滅します(民法第166条)
休眠担保権で言う「権利を行使することができる時」とは、債権の弁済期(支払期日)の事です。
つまり、「消滅時効が使えるかどうか?」を判断する為に、弁済期を確認する必要があると言う事です。
弁済期は昔は登記事項であった為、昔の登記事項証明書(閉鎖登記簿)を取得すると、弁済期を知る事が出来る場合があります。
なお、弁済期が分からない場合は、支払期限の定めのない債権として、債権が成立した時から消滅時効の期間をスタートする方法もあります。
2.抵当権者の住所を調べる
① 登記事項証明書から抵当権者の住所を調べる
続いて、抵当権者の住所を調査します。
抵当権者の住所は登記事項証明書に記載されていますが、休眠担保権は昔の時代である為、抵当権者がその住所に既に住んでいない事もあり、住民票が取得できない事があります。
ただし、昔は住所=本籍地の場合もあり、抵当権者の住所を元に戸籍の附票(住民票と同様に住所地が記載されているもの)を取得する事で、抵当権者の住所が判明する事があります。
② 抵当権者が死亡している事が分かった時
住民票や戸籍の附票等で抵当権者が死亡している事が分かった場合、抵当権者の相続人に対して交渉や裁判を行う必要があります。
その為、亡くなった抵当権者の戸籍(出生から死亡時までの全ての戸籍)を取得して、抵当権者の相続人全員を調べます。
③ 調べたけれど、抵当権者の住所が分からない場合
住民票や戸籍の附票が取得できない、もしくは取得できても抵当権者の現在の住所が分からない場合は、「公示送達」と言う方法を用いて裁判を行う必要があります。
公示送達は登記事項証明書に記載された抵当権者の住所に赴き、抵当権者が実際にその住所に住んでいない事の調査等が必要になります。
3.抵当権者に登記手続きに協力してもらう為の説明をする
抵当権者や抵当権者の相続人の住所が判明した場合、抵当権を抹消してもらう為の説明を行います。
抵当権を抹消出来る根拠は、上記で挙げた債権の消滅時効ですので、これを用いて登記手続きに協力してもらうよう、説明します。
なお、消滅時効についてはその期間が止まるケースもありますが(裁判等)、休眠担保権の場合、抵当権者も良く覚えていないケースが多く、実務上問題になるケースは少ないです。
ちなみに、抵当権者への説明については最初は郵便(文章)で行うようにしましょう。
抵当権者の自宅に突然押しかけて説明しても、抵当権者は絶対に状況を把握できず、逆に何らかの詐欺ではないかと疑われる可能性が高くなります。
抵当権者が亡くなっており、相続人に対して説明する場合も同様です。
登記事項証明書のコピー等を同封して、文章で状況を説明するようにしましょう。
4.訴状を作成し、管轄の裁判所に提出する
抵当権者が抵当権設定登記の抹消に応じない、もしくは連絡を無視する等、任意での登記手続きが行えない場合、裁判を行います。
① 訴額がいくらになるのかを確認する
裁判を行う場合、「訴額」を計算する必要があります。
訴額というのは、原告が訴えで主張する利益を金銭に見積もった額であり、裁判を行う上での申立手数料を算出するための金額です。
休眠担保権の抹消を請求する場合の訴額は、
・債権額
・不動産の評価額の2分の1
を比較して、低い方が訴額になります。
なお、不動産の評価額は固定資産税評価証明書に記載の評価額を使用します。
② 管轄の裁判所を調べる
どこの裁判所に訴えを起こすか?と言う点ですが、原則は被告(抵当権者)の住所地を管轄する裁判所に訴えを提起します。
例外として、不動産に関する訴えは不動産の所在地を管轄する裁判所でも、訴えを提起する事が出来ます。
③ 被告(抵当権者)が複数いる場合の対応方法
抵当権者が死亡しており、その相続人が複数いる場合、その全員を相手にして裁判を起こす必要があるのか?と言う問題点があります。
休眠担保権の抹消訴訟は該当者全員を相手にする必要はなく、登記手続きに非協力的な人のみを被告にして裁判を行う事は可能です。
しかし、裁判はある程度の時間がかかるのが通常で、その間に協力すると言っていた人も心変わりする可能性があります。
その為、登記手続きに協力すると言っていた人にも丁寧な説明をして、該当者全員を被告にして裁判行った方が良いでしょう。
5.抵当権(休眠担保権)抹消訴訟の訴状(例)
※抵当権者が個人の場合の訴状例です。記載内容な個別具体的な事情によって異なる場合があります。
訴状
令和〇年〇月〇日
〇〇簡易裁判所 御中
原告 山田 太郎 ㊞
〒123-4567 横浜市中区〇〇一丁目2番3号(送達場所)
原告 山田 太郎
電話 〇〇〇ー〇〇〇ー〇〇〇〇
FAX 〇〇〇ー〇〇〇ー〇〇〇〇〒321-5678 東京都町田市〇〇三丁目4番5号
被告 佐藤 正抵当権設定登記抹消登記手続請求事件
訴訟物の価格 金120万円
貼用印紙額 金1,000円第1 請求の趣旨(注1)
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき、〇〇地方法務局昭和23年3月15日受付第4567号の別紙登記目録記載の抵当権設定登記の昭和24年3月15日時効消滅を原因とする抹消登記手続きをせよ。
2 訴訟費用は原告の負担とする。(注2)
との判決を求める。第2 請求の原因(注3)
1 原告は、別紙物件目録記載の土地(以下、「本件土地」と言う。)を所有している(甲1)。
2 本件土地には、〇〇地方法務局受付で、被告を抵当権者とする別紙登記目録記載の抵当権設定登記がなされている(甲1ないし甲2)。
3 上記抵当権の被担保債権は、別紙登記目録記載のとおりであるところ、上記抵当権は、上記被担保債権の甲第2号証に記載の弁済期日である昭和24年3月14日の翌日から10年を経過した昭和34年3月14日をもって、時効により消滅した。
4 原告は、本訴状において上記消滅時効を援用する。
5 よって、原告は、被告に対し所有権に基づき請求の趣旨記載の登記の抹消手続きを求める。証拠方法
1 甲第1号証 登記事項証明書 1通
2 甲第2号証 不動産閉鎖事項証明書 1通附属書類
1 訴状副本 1通
2 甲号証写し 各2通
3 評価証明書 1通
【注意1】
請求の趣旨には、登記手続きを行う際に問題にならないよう、登記原因日付けを記載するようにします。
(上記の訴状で言えば、「昭和24年3月15日時効消滅」の部分です。)
なお、弁護士向けの抵当権抹消訴訟の書籍には、請求の趣旨にこの登記原因日付の記載が無いものがあります。
登記原因日付の記載をしなくても裁判に勝つ事が出来るのが理由の一つだと思いますが、裁判に勝つ事とその後の登記手続きが問題無く出来るかは別の話しです。
その為、請求の趣旨には原因日付を必ず記載するようにしましょう。
※原因日付は消滅時効の効力が発生する弁済期の翌日の日付を記載します。
【注意2】
ここでいう訴訟費用は、訟提起時の印紙代や鑑定人費用、郵券代等で、いわゆる代理人の費用ではありません。
通常は「被告の負担とする」と記載して、実際は請求しない事が多いです。
しかし、登記手続きに対して協力的な被告に対して「被告の負担とする」と記載すると相手もビックリしてしまいますので、状況に応じて「原告の負担とする」とした方が良い場合があります。
【注意3】
請求の原因で主張すべき内容は以下の4つです。
⑴ 原告が不動産の所有者である事。
⑵ 原告名義の不動産に、被告名義の抵当権が設定されている事。
⑶ 上記の抵当権の被担保債権が弁済期から10年を経過していて、時効により消滅している事。
⑷ 上記の消滅時効を援用する事。
なお、厳密に言うと上記の⑶と⑷は被告からの反論があった場合の、原告の再反論となりますので、最初の訴状に記載する内容でありません。
しかし、休眠担保権の抹消訴訟は被告が出廷しない事も多く、裁判所に分かりやすく説明する為に記載する事が多いです。
6.抵当権(休眠担保権)の抹消の登記申請
裁判に勝訴し判決が確定すると、不動産の所有者単独で抵当権の抹消登記の手続きを行う事が出来ます。
【登記申請書例】
登記申請書
登記の目的 抵当権抹消
原因 昭和〇年〇月〇日 時効消滅
抹消すべき登記 昭和〇年〇月〇日受付第〇〇〇〇号(注1)
権利者(注2) 横浜市中区〇〇一丁目2番3号
(申請人)山田 太郎 ㊞
TEL 045-〇〇〇ー〇〇〇〇義務者(注3) 東京都町田市〇〇三丁目4番5号
佐藤 正添付書類
登記原因証明情報(注4)令和〇年〇月〇日申請 〇〇地方法務局
登録免許税 金〇円(注5)
不動産の表示 (省略)
注1・・・登記事項証明書に記載されている抵当権の受付番号を記載します。
注2・・・不動産の所有者の情報を記載します。なお、単独申請ですので「(申請人)」と記載します。
注3・・・抵当権者(債権者)の情報を記載します。登記事項証明書の情報をそのまま記載してOKです。
注4・・・登記原因証明情報は、確定証明書付判決書の正本です。
注5・・・不動産一筆につき1,000円です。
7.まとめ
(上記でご紹介した訴状や登記申請書はあくまで一例であり、状況によって違う記載を行う必要がありますので十分にご注意下さい。)
休眠担保権の抹消手続きについては、手間や時間が相当かかる場合がありますが、それでも一つ一つ手順を踏む事で、最終的に抵当権を抹消する事が出来ます。
ただそれには様々な法的な判断が必要になってきますので、古い抵当権(休眠担保権)についてお困り、お悩みの場合はお気軽にお問い合わせください。